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落語家・立川談志(72)が3日、都内で取材に応じ、2日に肺炎のため亡くなった赤塚不二夫さんについて語った。談志と赤塚さんは40年来の付き合いで、98年には赤塚さんが「立川不二身(ふじみ)」の高座名で立川流に入門したことも。「あの人の絵は好きじゃなかったけど、内容を読んでめったに笑わないオレが笑った」と認め合った関係。「楽になってよかったな」と談志流の優しさで赤塚さんをしのんだ。
同じ時代を生きた、同い年の“盟友”の旅立ち。「楽になってよかったな。もっと早く死ねればな」聞きようでは不謹慎な表現だが、6年に及ぶ闘病の末、亡くなった赤塚さんへの別れを、談志らしい言葉で語り始めた。
最後に会ったのは「丸2年ぐらい前」。赤塚さんは反応がなかったが「元気な顔してた。起きろよバカヤロウ、ブランデーぶっ込んでやったらいい、と言ってやった」。妻・真知子さん(2006年7月死去)の看病を見て「しゃべらなくても彼女には何かを伝えてたんじゃないかな。そうとしか思えない間柄だったね」。
97年には談志と赤塚さんは食道がんを患った。「がん対談」を行い「2人のウエスタンっぽい似顔絵を描いてもらって。俺たち“ガンファイター”ってのがあったね」。翌年には赤塚さんが立川流に入門するなど親交を深めた。
談志は「あの人の絵が好きじゃなかった」と赤塚作品を読んでなかったが、読んでみると「あんまりばかばかしいんで、めったに笑わないオレが笑った」「常識、非常識を超えたものが詰まっている。狂気の奥にあるイリュージョンがね」と評価し「ジャンルはちがうけど、オレも最終的に狙ってるのは赤塚とイコール」と認めていた。
赤塚さんと実際に会うと「表現がおとなしいというか意外とまじめ。この程度の人間かと思ったら、スゲエものを描いてくる」。あるパーティーで赤塚さんが「チャプリンの服装で出てきたけど、芸人じゃないからどうのこうのできない。ひとまわりしたら座っちゃって。逆におかしかったね」。
「(警察に)捕まったとか、聞いたことないでしょ。常識的だったけど、もっと狂気を演じたかったのかな」という。同じ感覚をもつ“戦友”の死に「悔やんでもしょうがないけど、ああいう狂気と出会えて時を過ごせたのは私の勲章のひとつ」と賛辞を贈っていた。
参照元:スポーツ報知