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フォーク歌手の松山千春(52)がこのほど、故郷の北海道・足寄(あしょろ)町で行われた自伝映画「旅立ち ~足寄より~」(来年1月公開、今井和久監督)の撮影現場を激励に訪れた。1970年代のデビュー前後の千春と、歌手デビューを後押しし、36歳で亡くなったラジオ局ディレクターとの交流を描く。千春は「幽霊でもいいから出てきてオレをしかってほしい」と恩人への変わらぬ思いを語った。
撮影は千春の実家から徒歩数分の活版印刷所で行われた。地方紙「とかち新聞」を発行していた千春の父・明さん(95年死去、享年80歳)から活字を譲り受けるなど、松山家とは旧知の印刷所だ。
映画は千春が23歳の時に出版した自伝が原作。千春は出演せず、ラストのナレーションと主題歌「我家」(5月21日発売)を担当する。
若き日の千春を演じるのは、昨冬公開の「クローズZERO」で映画デビューした大東俊介(22)。ニッカーボッカーと長髪は当時の千春のスタイル。千春は「まだ髪の毛があったなあ。一生歌っていくと決めたころだ、懐かしいな」。フォーク歌手の先輩・泉谷しげる(59)が父親役。「(デビュー前に)泉谷さんのレコードを一生懸命聴いた。まさかオレの父親とは」。
物語の軸となるのが、札幌のSTVラジオのディレクター・竹田健二氏との交流。竹田氏は審査員を務めた音楽祭で千春を見いだした。デビューもしていない千春にラジオ番組を持たせ、77年「旅立ち」で世に送り出した。だが、同年の全道ツアー中に急性心不全のため急死。千春は憔悴(しょうすい)しきった状態でその日もステージに立ち、号泣しながら「旅立ち」を歌った。その竹田氏を萩原聖人(36)が演じている。
千春は今年デビュー32年目。「竹田さんがいなかったら歌手・松山千春は誕生しなかった。オレに怖いものはないが、この曲は気に入ってくれるかなといつも気になるよ」。
今もコンサートでは竹田氏が好きだった赤いバラを飾っている。「例えば北京五輪の選手なら成果をコーチに報告できる。でもオレには誰もいない。幽霊でもいい。オレの前に出てきてしかってほしい」故郷・足寄と竹田氏。自分の原点を描いた映画の完成を心待ちにしている。同作は11月に道内で封切られ、来年1月から全国公開される。
参照元:スポーツ報知